健康経営 けんこうけいえい
近年、急速な技術革新やビジネス環境の変化に伴い、企業にとって「リスキリング」の重要性が高まっています。リスキリングとは、従業員の既存のスキルを更新し、新しい能力を身につけさせることで、変化する職場のニーズに適応させるだけでなく、新しい業務や職業にも対応できるようにする取り組みです。
本用語集では「健康経営」に関連する概念を初心者にもわかりやすく解説していきます。
目次
「健康経営」をひとことでいうと?
健康経営とは、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することです。従業員の健康増進が企業の生産性向上や業績向上につながるという考え方に基づいています。
健康経営の基本概念
健康経営の基本概念は、従業員の健康を企業の重要な経営資源として捉え、積極的に投資することです。これは単なる福利厚生ではなく、企業の持続的な成長と発展を目指す経営戦略の一環として位置づけられています。この概念には、従業員の健康診断の徹底と結果に基づく指導、メンタルヘルスケアの充実、職場環境の改善、健康的な食事や運動の推進、そしてワークライフバランス【1】の確保などが含まれます。これらの取り組みを通じて、企業は従業員の健康と生産性の向上を図り、同時に組織全体の活力を高めることを目指しています。
健康経営が注目されている背景
健康経営が近年注目を集めている背景には、社会経済的な変化や企業を取り巻く環境の変化など、複雑な要因が絡み合っています。
生産年齢人口の減少
日本の生産年齢【2】(15歳〜64歳)の人口は減少傾向にあり、2040年には約6,213万人まで減少すると予測されています。健康な従業員の確保・維持が企業の競争力維持に不可欠となり、年齢に関係なく健康で生産性の高い労働力の維持が重要になっています。このような背景から、企業は従業員の健康管理と健康経営の重要性に注目しています。
医療費負担の増大
日本の国民医療費は年々増加しており、2022年度には46兆円を超えています。 従業員の健康維持は企業の医療費負担軽減と国全体の医療費抑制に寄与するため、生活習慣病の予防や早期発見・早期治療が重要視されています。医療費削減の必要性が、企業の健康経営への関心を高める要因となっています。
働き方改革の推進
2018年の「働き方改革関連法」の成立により、長時間労働の是正や有給休暇の取得促進が法的に求められるようになりました。 企業は従業員の健康と生産性のバランスを考慮した労務管理を行う必要性が高まっています。この法的要請は、企業に従業員の健康状態の重要性を再認識させ、健康経営への関心を高める一因となっています。
健康経営の具体的な施策
健康経営は、企業の持続的な成長と発展に不可欠な戦略といえるでしょう。では、具体的にどのような取り組みをすればよいのでしょうか。健康経営の実践は多岐にわたりますが、比較的容易に企業が導入できる健康経営の施策を紹介します。
定期健康診断の徹底
100%受診を目指し、未受診者への個別フォローを実施します。
健診結果に基づいた保健指導や生活習慣改善プログラムを提供します。
メンタルヘルス対策
ストレスチェックの実施と、結果に基づく面談や環境改善を行います。
定期的なメンタルヘルスセミナーの開催や、社内カウンセラーの配置も検討します。
長時間労働防止
ノー残業デーの設定や、業務効率化ツールの導入を検討します。
勤務時間の可視化システムを導入し、上司と部下で労働時間を共有・管理します。
食生活改善
社員食堂がある場合はヘルシーメニューの提供や、栄養セミナーを開催します。
オフィス内に新鮮な果物や野菜を提供するスナックコーナーを設置します。
運動促進
昼休みのウォーキングイベントや、オフィスでできる簡単なストレッチを奨励します。
社内でのヨガ教室の開催や、フィットネスジム利用料の補助制度を設けます。
睡眠の質向上
良質な睡眠の重要性に関するセミナーを開催し、睡眠アプリの活用を推奨します。
仮眠スペースの設置や、フレックスタイム制の導入など柔軟性のある勤務を可能にします。
健康経営優良法人認定制度
「健康経営優良法人認定制度」とは、経済産業省が定めた制度で、従業員の健康管理を戦略的に実践する企業を評価・認定するものです。この認定は、経済産業省と日本健康会議が共同で実施しています。健康経営優良法人認定制度には、次のような種類があります。
健康経営銘柄
東証と経産省が選定する優良企業。健康経営に特に優れた上場企業を評価・選定する制度。健康経営を行うことでいかに生産性や企業価値に効果があるかを分析し、それをステークホルダー【3】に対して積極的に発信していくことを求めています。
健康経営優良法人
大規模法人と中小規模法人に分かれる認定制度。従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる法人を認定します。
健康経営優良法人ホワイト500
大規模法人部門の上位500社。大企業の中でも特に優れた健康経営の取り組みを行い、成果を上げている企業を認定します。
健康経営優良法人ブライト500
中小規模法人部門の上位500社。中小企業の中で健康経営に積極的に取り組み、優れた成果を上げている企業を認定します。
健康経営優良法人ネクストブライト1000
中小規模法人のブライト500に次ぐ1000社。健康経営に取り組み始めた中小企業を評価し、さらなる発展を促進する制度です。
参考リンク:健康経営優良法人認定制度|経済産業省
健康経営を始めるためのステップ
健康経営を始めるには、経営層の強いコミットメントと体系的なアプローチが必要です。
以下に、健康経営を導入してから健康経営優良法人認定を受けるまでの主なステップを紹介します。
ステップ1: 健康経営宣言
経営トップが健康経営に取り組む意思を表明し、全社に向けて発信します。この宣言により、従業員の健康増進が経営課題であることを明確にし、組織全体の意識を高めます。健康経営優良法人認定制度中小規模法人部門への申請には、事前に加入保険者に連絡し、健康宣言事業への参加が必要です。
ステップ2: 推進体制の整備
健康経営を推進するための専門チームや担当者を設置します。人事部門や健康保険組合と連携し、効果的な施策を計画・実行できる体制を整えます。
ステップ3: 健康課題の把握と対策
健康診断データや従業員アンケートを分析し、組織の健康課題を特定します。その上で、優先順位を付けて具体的な対策を立案します。例えば、運動促進プログラムやメンタルヘルスケアの強化などが考えられます。
ステップ4: PDCAサイクルの実践
立案した対策を実行し、定期的に効果を測定・評価します。その結果を基に、必要に応じて計画を見直し、改善を図ります。このサイクルを継続的に回すことで、健康経営の取り組みを持続的に発展させます。
ステップ5: 健康経営優良法人申請と認定
健康経営優良法人認定制度への申請を行います。認定基準に沿って自社の取り組みを整理し、申請書類を作成・提出します。認定を受けることで、健康経営の取り組みが対外的に評価され、企業イメージの向上にもつながります。
参考リンク:健康経営優良法人認定制度申請について|Action! 健康経営
健康経営に取り組む企業の事例
健康経営に取り組む企業は、大企業から中小企業まで幅広く見られます。これらの事例は、企業規模にかかわらず、健康経営が従業員の健康増進と企業価値の向上に貢献することを示しています。
女性の健康課題に注目し健診受信率が向上〜凸版印刷株式会社
凸版印刷は、社員とその家族の健康増進と共に、Well-being(ウェルビーイング)【4】を通して企業の業績や価値向上を目指しています。同社は、女性従業員比率と勤続年数が伸びていることから、女性特有の健康関連課題に注目し、月経随伴症状や更年期障害などの女性の健康課題に関するセミナーの実施や、婦人科受診の継続的な推進を行っています。その結果、婦人科検診受診率は2020年の63.4%から2021年には79%まで増加し、健康経営のKPI【5】として定めていた受診率を前倒しで達成しました。さらに、検診によってがんの早期発見・治療にもつながっており、従業員の健康と企業価値の向上の両立を実現しています。
参考リンク:健康経営先進企業事例集2023|健康長寿産業連合会(事例009)
睡眠改善の施策でストレス比率が大幅に減少〜西川株式会社
「よく眠り、よく生きる」を掲げる寝具メーカーの西川では、コロナ禍によるメンタルヘルス不調者の増加を受け、ストレスチェックの実施やメンタルヘルス不調の未然防止に取り組みました。具体的には、「睡眠セミナー・睡眠改善プログラム」の開催や、昼寝を推奨する「仮眠環境」の整備などを行いました。その結果、高ストレス者の割合が2020年の17.3%から2021年には13.7%へと大幅に減少しました。さらに、ストレスチェックの取り組みに対する従業員の意識が向上し、ストレス軽減のための様々な意見や提案が労働組合からも出されるようになり、より効果的な健康経営の実践につながっています。
参考リンク:健康経営先進企業事例集2023|健康長寿産業連合会(事例010)
治療から予防にシフトして休職者数がゼロに〜静岡部品株式会社
静岡部品では、健康経営への取り組み当初は「治療・再発予防」が中心でしたが、徐々に「予防」重視の施策に注力するようになりました。ヘルシー弁当の提供、有給休暇を利用した通院しやすい環境の整備、さらに静岡県と連携した血圧測定習慣化促進事業を開始し、血圧リスクの可視化を図りました。その結果、特定保健指導の対象者数が2017年の31人から2022年には14人へと減少。さらに、傷病日数も2018年の682日から2022年には129日へと81%も大幅に減少しました。以前は常に休職者が発生していましたが、2022年には休職者数が0人となり、健康経営の効果が顕著に表れています。
参考リンク:健康経営優良法人2023 中小規模法人部門|経済産業省(事例07)
ブライト500取得でブランドイメージアップ〜株式会社アロー
フィットネスや企業向け健康増進事業を行うアローは、コロナ禍でのコミュニケーション不足を解消するため、健康経営の一環として様々な取り組みを実施しました。部活動の発足や屋上の開放、健康診断後のスポーツイベント開催などを通じて、従業員同士の交流を促進しました。その結果、従業員間の一体感と信頼関係が強化され、「なんでも相談できる・信頼できる上司がいる」と回答する従業員の割合が80%まで向上しました。さらに、ブライト500認定を受けたことで、健康経営に関する企業からの引き合いが増加しました。結果として、健康経営への取り組みが企業の業績向上につながっています。
参考リンク:健康経営優良法人2023 中小規模法人部門|経済産業省(事例13)
経営者・人事担当者のための「健康経営」Q&A
Q1:健康経営に取り組む際、プライバシーで注意すべき点は何ですか?
A:健康経営を推進する際は、従業員の健康情報の取り扱いに十分注意する必要があります。企業は、健康経営に取り組む目的を明確にし、従業員に説明して同意を得ることが重要です。また、収集した健康情報は適切に管理し、アクセス権限を制限して情報漏洩を防止することが求められます。健康情報の第三者提供には原則として本人の同意が必要です。
Q2: 健康経営の取り組みを評価する指標にはどのようなものがありますか?
A:主な評価指標には、従業員の健康診断受診率、ストレスチェック度、労働時間、有給休暇取得率などがあります。また、従業員満足度、離職率、生産性の指標として、アブセンティーイズム【6】、プレゼンティーイズム【7】の改善率も用いられます。企業全体の指標としては、医療費や保険料の変化、売上高や利益率の推移なども活用されています。
Q3: 健康経営優良法人の認定は必ず必要でしょうか?
A:健康経営優良法人の認定は必須ではありませんが、この認定があることで、健康経営への取り組みを示し、企業イメージを向上させることに役立ちます。また、従業員の健康意識とモチベーションを高め、優秀な人材の獲得に繋がる可能性も高まります。ただし、認定取得自体が目的にならないよう注意が必要です。企業の実情に合わせた健康経営の推進が最も重要であり、認定はその結果として考えるとよいでしょう。
まとめ
健康経営は従業員の健康と企業の成長を結びつける重要な経営手法であり、今後も企業の持続的発展には欠かせない要素です。業績向上やブランド価値の向上に加えて、従業員満足度の向上にも寄与します。これらの取り組みを効果的に実施するためには、経営層のコミットメントと従業員の積極的な参加が不可欠です。健康経営の意義や目的を全社で共有し、戦略的に取り組むことで、企業と従業員の双方にとって利益をもたらす持続可能なモデルです。今後、さらに多くの企業で導入が進むことが期待されています。
関連用語
【1】ワークライフバランス(Work-Life Balance)
仕事と私生活の調和を保ちながら両立させる考え方。企業が柔軟な働き方を提供し、従業員の生活の質と仕事の効率を向上させるために重要。
【2】生産年齢
一般的に15歳から64歳までの、労働力の中核となる年齢層を指す。人口構造や経済活動の分析に用いられる重要な指標。
【3】ステークホルダー(Stakeholders)
企業活動に影響を与えたり、影響を受けたりする利害関係者。従業員、顧客、株主、取引先、地域社会などが含まれる。
【4】Well-being(ウェルビーイング)
身体的・精神的・社会的に良好な状態を指し、健康で満足感のある生活を送ること。企業では、従業員の健康や職場環境の向上が重要視され、持続可能な成長を支援する施策として取り入れられている。
【5】KPI (Key Performance Indicator)
組織や個人の業績を評価するための主要な指標。目標達成度や効率性を測定し、戦略的な意思決定や改善活動の基準となる。
【6】アブセンティーイズム(Absenteeism)
従業員が心身の不調を原因とした欠勤や休職などで勤務が困難になっている状態のこと。WHO(世界保健機関)によって提唱された健康問題に起因したパフォーマンスの損失を表す指標。
【7】プレゼンティーイズム(Presenteeism)
従業員が体調不良や精神的な問題を抱えながらも出勤し、本来の能力を発揮できない状態のこと。WHO(世界保健機関)によって提唱された健康問題に起因したパフォーマンスの損失を表す指標。