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企業内大学 きぎょうないだいがく

公開日:2025.05.13
企業内大学

近年、急速な技術革新やビジネス環境の変化に伴い、企業にとって「リスキリング」の重要性が高まっています。リスキリングとは、従業員の既存のスキルを更新し、新しい能力を身につけさせることで、変化する職場のニーズに適応させるだけでなく、新しい業務や職業にも対応できるようにする取り組みです。

本用語集では「企業内大学」に関連する概念を初心者にもわかりやすく解説していきます。

「企業内大学」をひとことでいうと?

企業内大学は、正規の教育機関の大学とは異なり、企業が独自に設置・運営する社内教育システムです。英語では一般的に Corporate University(コーポレート・ユニバーシティ)と呼ばれます。

企業内大学 の基本概念

企業内大学は、長期的な人材育成のための包括的な教育システムです。単なるスキルトレーニングにとどまらず、企業理念の浸透やリーダーシップ開発まで含む総合的な学びの場として機能します。従業員のキャリアパス【1】に応じた段階的な教育プログラムを提供し、個々の成長を支援します。実務経験と理論学習を効果的に組み合わせることで、深い理解と実践力の向上を実現します。また、オンラインとオフラインを融合したハイブリッド型の学習環境により、従業員は自身のペースで効率的に学習できる柔軟な機会を得られます。

企業内大学の歴史的変遷

企業内大学の概念は、1956年にゼネラル・エレクトリック社(GE)が設立したクロントンビル経営開発研究所に始まり、その後世界的に普及していきました。

日本では導入当初、急速な成長と規模拡大に対応するため、現場で即戦力となる人材を短期間で育成する必要に迫られていました。OJT【2】だけでは不十分となり、より体系的な教育機会が求められるようになりました。そこで登場したのが、「社内研修所」や「幹部養成機関」という企業内大学の仕組みです。特に大手企業は、将来の経営幹部候補を選抜し、経営戦#term2略や会計、マーケティングなどの高度な知識を学ばせる「選抜型研修」を導入しました。

2000年代に入ると、グローバル競争の激化、技術革新の加速、そして終身雇用制度の変容など、企業を取り巻く環境が大きく変化しました。この変化の中で、企業は幹部候補生だけでなく、すべての社員に学びの機会を提供する必要性を強く認識するようになりました。

現在、企業内大学は、「選ばれた人だけのエリート研修」から「全社員がアクセスできるラーニングプラットフォーム」へと進化しています。DX(デジタルトランスフォーメーション)【3】推進やリスキリング【4】の重要性が高まる中で、企業内大学の価値は再評価され、次世代型の学習機関として注目を集めています。

企業内大学が注目されている背景

近年、企業内大学が注目される主な要因として以下が挙げられます。

急速な社会変化への対応

新しい技術やビジネスモデルの登場により、企業は従来の枠組みを超えた変革を迫られています。このような急速な変化に対応するため、より柔軟で包括的な教育システムの構築が不可欠となっています。特に、技術の進化に合わせて継続的に学習内容を更新できる仕組みと、従業員が主体的に学べる環境づくりが重要になっています。

リスキリング・学び直しの重要性

デジタル化やAI化により多くの仕事や職種が大きく変わる中で、リスキリングを通じた従業員の専門性の刷新が不可欠となっています。特に、新しい職種への転換や既存スキルの大幅な更新が必要な場合、体系的な再教育プログラムによるリスキリングが重要な役割を果たしています。

自律的キャリア形成の重視

 働き方改革やライフスタイルの多様化が進む中で、社員自身が自らのキャリアを主体的に設計する「自律型人材」の育成が求められています。このような人材育成には体系的な学習機会と長期的な視点での成長支援が不可欠であり、まさに企業内大学がその役割を果たすことができます。

企業内大学と社内研修の違い

企業内大学と一般的な社内研修は、目的や教育範囲など大きく異なります。企業内大学は、長期的な視点で体系的な人材育成を行う包括的な教育システムであるのに対し、一般的な社内研修は、特定のスキルや知識の習得に焦点を当てた短期的なプログラムとして位置づけられています。

比較項目 企業内大学 一般的な社内研修
目的  長期的な人材育成と
 戦略的な能力開発
 特定のスキルや知識の習得
期間  長期的なプログラム  短期的な研修
運営  人事戦略に基づく専任チーム  人事部、各部署主導
対象  全社員  特定の職種に応じた限定層
内容  理論と実践を合わせた
 戦略的学習
 実務スキルの習得が中心
体系性  体系的なカリキュラムと
 段階的な学習設計
 個別の課題に対応した
 単発的な研修

企業内大学導入のステップ

以下のステップを確実に実施することで、効果的な企業内大学の構築が可能となります。
ただし、各企業の状況に応じて、柔軟にカスタマイズすることが重要です。

STEP1 :目的と戦略の明確化

企業内大学の設立目的を明確にします。具体的には、経営層との協議を通じて、3〜5年後の目指すべき人材像を設定し、それを実現するための具体的な育成目標を定めます。また、各部門の責任者と部門ごとの期待値を明確化し、全社的な合意形成を図ります。

STEP2 :現状分析とニーズ調査

従業員の現在のスキルレベルを測定するための評価テストを実施します。部門別・職種別のギャップ分析を行い、優先的に強化すべきスキル領域を特定します。また、従業員へのアンケートやインタビューを通じて、具体的な学習ニーズや希望する学習形態を把握します。

STEP3 :実施体制の構築

専任の教育担当チームを編成し、必要な予算と人員を確保します。チームには、カリキュラム開発の専門家、人事部門のメンバー、各部門からの教育担当者を含めます。また、eラーニングプラットフォームの選定や、教室型研修のための施設確保など、必要なインフラを整備します。

STEP4 :カリキュラム設計

分析結果に基づいて、階層別・職種別の詳細なカリキュラムを設計します。基礎から応用まで、段階的な学習計画を設定し、各コースの具体的な学習目標と評価基準を定めます。集合研修とオンライン学習を効果的に組み合わせたハイブリッド型の学習を基本とし、実践的なケーススタディやプロジェクト型学習も取り入れます。

STEP5 :試験運用の実施

小規模の従業員グループで、3〜6ヶ月間の試験運用を行います。定期的にフィードバックセッションを設け、学習効果や運営上の課題を細かく検証します。参加者の学習進捗データを収集・分析し、プログラムの改善点を特定します。特に、学習時間の適切性や教材の難易度、サポート体制の充実度などを重点的に評価します。

STEP6 :本格展開と評価システムの確立

試験運用結果を基に必要な修正を加え、段階的に全社展開を開始します。部門ごとの展開スケジュールを策定し、各部門のリーダーと協力して円滑な展開を進めます。ラーニングマネジメントシステム(LMS)【5】を活用して、受講状況や成績を一元管理し、四半期ごとの評価レポートを作成します。また、学習成果を人事評価や昇進要件と連動させる仕組みも整備します。

STEP7 :継続的な改善とアップデート

半年ごとに、目標の達成度を評価する指標:KPI【6】に基づく評価を実施します。具体的には、受講者満足度、学習達成率、スキル習得度、業務パフォーマンス向上率、投資対効果などの指標を用いて、プログラムの効果を定量的に測定します。また、修了者の追跡調査を通じて長期的な効果測定を実施し、プログラムの質を継続的に向上させていきます。

企業内大学に取り組む企業事例

DXを通じた全社的な人材育成〜イオンデジタルアカデミー

イオングループは2021年に「イオンデジタルアカデミー」を設立し、「気づく場」「学ぶ場」「創る場」という3つの学習環境を提供しています。特に注目すべきは「イオンDXラボ」で、店舗のパート社員から経営層まで、毎回3,000名以上が参加する大規模なデジタル教育を実現。プロトタイプ作成トレーニングなどの実践的なプログラムを通じて、すでに33社から100名以上の卒業生を輩出し、組織全体のデジタル変革を推進しています。アカデミーポータルサイトやコミュニティを通じた知識共有も活発で、ボトムアップの企業文化変革にも成功しています。

参考リンク:「イオンデジタルアカデミー」でマインドと企業文化を変革|AWS

未来の経営者育成プログラム〜ソニー・ユニバーシティ

2000年の設立以来、ソニー・ユニバーシティは「経営ビジョンと戦略を描きリードする人材の創出」「ソニースピリットの継承」「グループ経営を行うための人的ネットワークの形成」をミッションに掲げ、将来の経営人材を育成してきました。世界6事業から多様な人材が集まり、累計1400人以上参加しています。University of California, Berkeley、IESE Business School、Singularity Universityなど世界トップクラスの教育機関との提携により、ソニーのPurpose「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」に即した高度な教育を提供。現役の役員陣が直接プログラムの監修に関わり、実践的な経営知識の伝授を行っています。

参考リンク:「ソニーユニバーシティ」で次世代経営人材を育成|日本人材ニュース

チャレンジングなプロ集団の育成〜ローソン大学

ローソンは、社会環境の急速な変化に対応するため、「ローソン大学」という包括的な教育研修プログラムを導入しました。「”真”のマチのほっとステーション」の実現を目指し、企業理念と顧客満足(CS)【7】意識の定着に重点を置いています。特徴的なのは、ビジネスの基本スキル、職種別の専門スキル研修に加え、全社員対象の「CSセッション」で、お客様を第一に考える姿勢を育て、社員が意見を出しやすい職場作りを進めています。また、管理職向けの「リーダー教育」では、経営的視点を持って業務を推進する力の向上に注力しています。職種別のスキル研修や自己啓発支援制度も充実しており、組織全体の相乗効果を最大化する人材育成を実現しています。

参考リンク:チャレンジングなプロ集団を育成するローソン大学(PDF)

経営者・人事担当者のための「企業内大学」Q&A

Q1:社員が自主的に学んでくれるか不安です。

A. 多くの企業がこの悩みを抱えています。自主性を促すためには、「自分のキャリアにどう役立つか」が明確に伝わる設計が必要です。学習内容と昇進・昇給などのキャリアパスを明確に結びつけることで、社員の学習意欲を高めることができます。次に、学んだ知識やスキルを実践できる場として、重要なプロジェクトへの参加機会を提供することが重要です。さらに、ラーニングマネジメントシステム(LMS)で学習の進捗状況を可視化し、達成度に応じた表彰制度を設けることで、継続的なモチベーションを維持することができます。

Q2:企業内大学ではどのような人材が講師になりますか?

A. 外部の専門家に加え、自社内で優れた実績を持つ社員を講師として起用することが効果的です。例えば、営業部門のトップセールスや、製品開発で革新的な成果を上げたエンジニアなどを講師に選ぶことで、実践的な知識やノウハウを直接伝えることができます。また、社内講師は受講者と同じ文化や課題を共有しているため、より具体的で実務に即した議論が可能になります。

Q3:企業内大学ではどんなコンテンツを用意すればよいですか?

A.まず基盤として、自社独自の知的資産である「企業理念とビジョン」「部門別の専門知識」「新入社員向け基礎教育」などの社内ナレッジから始めるのが効果的です。これらの基礎が固まった後、外部の教育サービスを活用して、マネジメントスキル、IT、ビジネス基礎力といった汎用的なスキル教育を追加していきます。両者を組み合わせることで、社員は自社特有の知識と、市場で求められる普遍的なスキルをバランスよく習得できます。特に、実務での応用を意識したケーススタディやプロジェクト型学習を取り入れることで、学びの効果を最大化することができます。

まとめ

企業内大学は、会社の長期的な成長と競争力を高めるために欠かせない仕組みです。企業内大学の成功には、明確な目標を立て、実践的な教育内容を用意し、常に改善を続けることが大切です。この仕組みは、単なる技術やスキルの習得にとどまらず、会社と社員が共に成長できる場として機能します。充実した人材育成の環境があれば、優秀な人材の採用がしやすくなり、社員の定着率も上がり、仕事の効率も良くなります。「学び続ける」という文化を作ることが、これからの企業の強みとなる大切な要素となるでしょう。

関連用語

【1】キャリアパス(Career Path)(リスキリング用語集22

従業員の職業人生における成長の道筋。個人の能力開発や目標達成を支援するとともに組織の人材育成戦略にも役割を果たす。

【2】OJT(On-the-Job Training)

実際の職場で日常の業務を通じて行われる教育訓練のこと。従業員が実践的なスキルや知識を習得するために、実際の業務環境の中で上司や先輩から指導を受けながら学ぶ方法。

【3】DX(デジタルトランスフォーメーション)

デジタル技術を活用して、ビジネスモデルや組織文化を根本的に変革し、顧客価値や競争力を高めるプロセス。単なるIT化ではなく、デジタル技術を核とした経営戦略の変革を意味する。

【4】リスキリング(Reskilling)

従業員に新しいスキル、能力を習得させることで、職場の変化や新たな業務にも対応できるようにする取り組み。

【5】ラーニングマネジメントシステム(LMS:Learning Management System)

従業員の教育・研修を効率的に管理・運営するためのシステム。eラーニングコンテンツの提供、学習進捗の追跡、成果の評価など、組織の学習活動を包括的に支援する。

【6】KPI (Key Performance Indicator)

組織や個人の業績を評価するための主要な指標。目標達成度や効率性を測定し、戦略的な意思決定や改善活動の基準となる。

【7】顧客満足(CS: Customer Satisfaction)

製品やサービスに対する顧客の期待と実際の体験との一致度を示す指標。