リカレント教育 りかれんときょういく

近年、急速な技術革新やビジネス環境の変化に伴い、企業にとって「リスキリング」の重要性が高まっています。リスキリングとは、従業員の既存のスキルを更新し、新しい能力を身につけさせることで、変化する職場のニーズに適応させるだけでなく、新しい業務や職業にも対応できるようにする取り組みです。
本用語集では「リカレント教育」に関連する概念を初心者にもわかりやすく解説していきます。
目次
「リカレント教育」をひとことでいうと?
リカレント教育とは、学校教育を終えて社会に出た後も、教育機関に戻って学び直すことができる教育システムです。「リカレント(Recurrent)」は「循環」や「反復」を意味し、生涯にわたって学びと仕事を繰り返す新しい教育の在り方を表しています。
リカレント教育の基本概念
リカレント教育は、社会人が自身のキャリアやスキルの発展のために、必要に応じて教育機関に戻って専門的な知識やスキルを学び直すことができる包括的な教育システムです。このシステムは、職業生活の様々な段階で、個人が新しい知識を獲得し、既存のスキルを更新する機会を提供します。特に、デジタルトランスフォーメーション(DX)【1】時代において、テクノロジーの急速な進歩に対応するため、新しいデジタル技術の習得やビジネススキルの向上が不可欠となっていることから、リカレント教育の重要性が著しく高まっています。企業や組織にとっても、競争力を維持・向上させるために、従業員の継続的な学習と能力開発を支援することが重要な課題となっています。
リカレント教育の歴史
リカレント教育の概念は、1969年にスウェーデンの政治家オロフ・パルメ氏によって初めて提唱されました。彼は、生涯学習の重要性と教育機会の民主化を強調し、従来の一方向的な教育システムに代わる新しい教育モデルを提案しました。この革新的な考えは、その後OECD(経済協力開発機構)によって採用され、加盟国を中心に世界中で教育政策の重要な要素として認識されるようになりました。日本においては、特に人生100年時代の到来や急速なデジタル化の進展により、従来の教育システムの見直しが求められる中で、リカレント教育の認識が広がりました。
リカレント教育が注目されている背景
技術革新の加速
AIやデジタル技術の急速な発展により、既存のスキルが陳腐化するスピードが加速しています。たとえば、わずか2-3年前に主流だったプログラミング言語やフレームワークが、今では新しい選択肢に取って代わられることも珍しくありません。特に、機械学習分野では新しいアルゴリズムや手法が次々と登場し、IoT【2】ではセンサー技術や通信規格が日々進化しています。このような環境下では、定期的な学び直しが不可欠となっています。
人生100年時代
平均寿命の延伸により、私たちは90歳、100歳まで生きる時代を迎えています。従来の「20代で教育を終え、60代まで同じ仕事を続ける」というモデルは、もはや現実的ではありません。60代以降も活躍の場を見出すため、40代、50代でのキャリアチェンジが一般的になってきています。たとえば、営業職からプログラマーへの転身、製造業からIT業界への転職など、人生の様々な段階で新しいスキルを身につけ、複数のキャリアを構築していく必要性が高まっています。
働き方改革
副業・兼業の解禁により、本業以外の分野でも活躍できる機会が増えています。たとえば、平日はシステムエンジニアとして働きながら、週末にはウェブデザイナーとして働くといったケースも珍しくありません。また、ジョブ型雇用【3】の普及により、職務記述書(ジョブディスクリプション)【4】に基づく採用が増加し、より専門的なスキルが求められるようになっています。さらに、リモートワークのグローバル化により、海外のチームとの協働も一般的となり、ビジネス英語や異文化理解力、時差のある環境でのプロジェクトマネジメント能力など、新しいタイプの職業能力が必要とされています。
リカレント教育と他の学習形態のちがい
リカレント教育と類似した教育・学習の概念を正確に理解することで、自身のキャリア開発やスキルアップに最適な学習方法を選択することができます。
リカレント教育
学校教育と職業生活を交互に行き来する教育システムを指します。一度社会に出た後でも、必要に応じて教育機関に戻って新しい知識やスキルを習得し、それを仕事に活かすという循環的な学びのプロセスです。
生涯学習
人生のあらゆる段階で行われる学習活動の総称で、個人の興味や目的に応じて自由に学びを深めていく教育の形態です。職業に関連する学習から、教養や趣味に至るまで、幅広い学習活動を包含します。
リスキリング【5】
既存の職業スキルを完全に新しい分野のスキルに置き換えることを指します。たとえば、営業職からプログラマーへの転換や、製造業から金融業界への転職などが該当します。
アップスキリング【6】
現在の職務に関連するスキルをより高度なレベルに引き上げ、専門性や効率性を向上させることを指します。既存の業務における生産性向上や、より上位のポジションへのキャリアアップを目指す際に重要となります。
企業がリカレント教育を導入するメリット
人材の高度化と生産性向上
企業内でリカレント教育を実施することで、従業員の専門知識とスキルが体系的に向上し、業務効率が大幅に改善されます。特に、デジタルトランスフォーメーション(DX)の時代において、新しい技術やツールへの適応力が強化され、組織全体の生産性が向上します。また、従業員の専門性が高まることで、新しいアイデアや解決策を生み出す力も育成され、組織としてのイノベーション創出能力も強化されます。
人材の定着率向上
リカレント教育は、従業員のキャリア開発を支援する重要な施策となります。組織が学習機会を提供し、個人の成長をサポートすることで、従業員の満足度とモチベーションが向上します。結果として、優秀な人材の流出を防ぎ、新規採用にかかるコストを削減することができます。また、従業員が自身の将来的なキャリアパス【7】を明確に描けることで、組織への帰属意識も高まります。
組織の競争力強化
リカレント教育を通じて、組織全体の知識とスキルが向上することで、市場の変化や新しい課題に対して迅速に対応できる体制が整います。また、社内の知識やノウハウが体系的に蓄積され、それらを効果的に活用することで、競争優位性を確立することができます。さらに、従業員の育成に積極的に取り組む企業として認知されることで、企業のブランド価値の向上にもつながります。
リカレント教育を実践する企業事例
課題解決力を高める能力開発により企業価値を向上〜味の素株式会社
味の素は「食と健康の課題解決企業」を目指し、社員の課題解決力向上を目的としたリカレント教育を推進しています。特にデジタル人材の育成に注力し、「ビジネスDX人財育成コース(初級・中級・上級)」を導入。全社員を対象とした公募制で費用は会社が負担します。初級コースは、2020年度に約800名、次年度に約1,200名が受講し、全社員の半数以上が受講済みです。中級・上級コースは全社員の15〜20%が受講中で、修了者には社内資格が認定されます。また、社内起業家を育成する「A-STARTERS」や、社外ベンチャー支援の「Ajinomoto Group Accelerator」など、イノベーション創出を支援する制度も整備しています。
参考リンク:イノベーション創出のためのリカレント教育事例集|経済産業省(P4~P5)
事業戦略と人財投資を整合、事業成長の加速を目指す〜SCSK株式会社
IT技術を軸にコンサルティングを提供するSCSK株式会社では、15職種・7段階のレベルを認定する独自の専門性認定制度を導入し、全社員の8割が認定対象で、認定保有者は7割となっています。SCSK i-Universityでは、5カテゴリ200種類以上の研修プログラムを提供し、社員の自律的な学習を支援しています。また、「コツコツと自己研鑽を重ねることが、勝つ・克つためのコツ」という理念のもと、「コツ活」と呼ばれる自己研鑽支援制度(図書カード支給や教育コンテンツ提供)を実施し、全社員に月額5,000円の学び手当を支給しています。2020年からは、入社4〜5年目の若手社員を対象に、マルチスキル教育とジョブローテーションを導入し、高度なマルチスキル人材の育成を推進しています。
参考リンク:イノベーション創出のためのリカレント教育事例集|経済産業省(P8~P9)
リカレント教育で活用できる助成金・支援制度
リカレント教育を促進するため、国では様々な支援制度を設けています。教育訓練給付金や各種助成金制度を通じて、企業の人材育成や個人のスキルアップを支援しています。
人材開発支援助成金
概要: 従業員に職業訓練やリカレント教育を導入実施した事業主に対して助成する制度
対象: 正社員、非正規社員を問わず広く対象
内容:人材育成支援コース/教育訓練休暇等付与コース/建設労働者認定訓練コースなど
参考リンク: 人材開発支援助成金 (厚生労働省)
キャリアアップ助成金
概要: 非正規雇用の従業員のキャリア形成や正社員化を支援。訓練や資格取得も対象
対象: パート・契約社員・派遣社員などの非正規労働者
内容: スキルアップ支援、研修実施費用の助成など
参考リンク: キャリアアップ助成金(厚生労働省)
キャリアコンサルティング・キャリアコンサルタント
概要: キャリア形成に関する相談支援を提供する国家資格保持者による専門的サービス
対象: キャリア形成や転職を考える社会人、企業
内容: キャリアプランニング支援、スキルアップ相談、転職支援など
参考リンク:キャリアコンサルティング ・キャリアコンサルタント(厚生労働省)
教育訓練給付金
概要: 厚生労働大臣が指定する教育訓練を修了した際、受講料の一部が支給される制度
対象: 雇用保険加入者・離職者(条件あり)
内容: IT、医療、福祉、建築など幅広い分野が対象
参考リンク: 教育訓練給付制度(ハローワーク)
経営者・人事担当者のための「リカレント教育」Q&A
Q1:リカレント教育に取り組むと離職率が上がりませんか?
A: むしろ、リカレント教育は従業員の定着率が向上する傾向があります。従業員の成長機会を提供することで、企業への帰属意識やエンゲージメント【8】が高まるためです。
また、新しいスキルを活かせる社内ポジションへの異動機会を提供することで、社内でのキャリアアップが可能になります。ただし、学んだスキルを活かせる職場環境や評価制度の整備が重要です。効果的な人材育成戦略と組み合わせることで、組織全体の競争力強化につながります。
Q2:従業員に「学び」に対するモチベーションがないのですが…
A. 学びの必要性だけでなく「学びがどんな未来をもたらすのか」という具体的なビジョンを示すことが重要です。たとえば、学習を通じてキャリアアップを実現した社内のロールモデルの体験談を共有したり、第一線で活躍する社外講師による実践的な講義を提供したりすることで、学びの価値を実感できる機会を作りましょう。また、個々の従業員のキャリアプランと学習内容を結びつけ、成長への道筋を明確にすることで、自発的な学習意欲を引き出せます。短期・長期両方の目標を考慮した段階的な学習プログラムにより、持続的な主体性を育むことができます。
Q3:働きながらの学習は本当に可能なのでしょうか?
A: オンライン学習プラットフォームや夜間・休日に開講される講座など、フルタイムで働く社会人でも参加しやすい柔軟な学習形態が急速に普及しています。また、企業側も従業員の学び直しを支援するため、副業・兼業を認める制度の導入や、学習に専念できる特別休暇制度の整備、学費補助プログラムの設立など、様々な支援体制を構築しつつあります。さらに、時短勤務やフレックスタイム制度との組み合わせにより、より効果的な学習時間の確保が可能になっています。
まとめ
リカレント教育は、急速に変化する社会において、個人と組織の持続的な成長を支える重要な仕組みとなっています。このシステムは、変化の激しい現代社会において、継続的な学習機会を通じて、個人のスキル向上と組織の発展を同時に実現する重要な役割を果たしています。特に、デジタル化やグローバル化が進む中、継続的な学び直しの機会を提供することは、企業の競争力維持と個人のキャリア形成の両面で重要性を増しています。今後は、より柔軟で効果的な学習プログラムの開発と、それを支援する制度の整備が期待されます。
関連用語
【1】デジタルトランスフォーメーション(DX)
デジタル技術を活用して、ビジネスモデルや組織文化を根本的に変革し、顧客価値や競争力を高めるプロセス。単なるIT化ではなく、デジタル技術を核とした経営戦略の変革を意味する。
【2】IoT(Internet of Things)
モノのインターネット。様々な機器やセンサーがインターネットに接続され、データを収集・交換する技術。
【3】ジョブ型雇用(リスキング用語集⑤)
個人の職務や役割を明確に定義し、その職務に適した人材を採用・配置する雇用形態。
【4】職務記述書(ジョブディスクリプション)
特定の職務の責任、必要なスキル、資格、期待される成果を詳細に記述した文書。ジョブ型人事において採用や評価として活用される。
【5】リスキリング(Reskilling)
従業員に新しいスキル、能力を習得させることで、職場の変化や新たな業務にも対応できるようにする取り組み。
【6】アップスキリング(Upskilling)
現在の職務や役割でより高度な能力を身につけるため、既存のスキルを向上させたり、新しいスキルを習得したりすること。
【7】キャリアパス(Career Path)(リスキリング用語集22)
従業員の職業人生における成長の道筋。個人の能力開発や目標達成を支援するとともに組織の人材育成戦略にも役割を果たす。
【8】エンゲージメント (Engagement)(リスキリング用語集⑧)
従業員の仕事や組織に対する熱意、関与度を表す概念。生産性向上や離職率低下につながり、組織の成長に重要な要素。